記念すべき(?)法擬二次処女作。
法律プラスの憲法と刑訴が話してるだけ。
「……別に、良かったのに。いつも刑訴が飲んでいるので」
座卓のある空間にティーカップが二つ。それはとても異質で、奇妙でもある。それでも、其処に向かい合って正座する二人は全く意に介していないようだ。刑訴と呼ばれた法が茶葉の入ったティーポットに沸騰させたばかりの湯を注いでいる。ティーコジーを被せて蒸らす間、彼は相手の疑問ともとれる発言から話を続けた。
「確かに、普段はティーバッグですけど」
彼は毎朝紅茶を飲むが、今日のようにきちんと淹れることはまずない。朝は時間が無いことも多いし、手軽にそれなりに美味しく飲めればそれでいいと考えているようだ。
「手間がかかる……そうやってお茶を淹れるのは」
「前に気まぐれで購入して以来そのままになっていたので、こういう時にこそ飲まないと……だからどうか気にせず」
「そう。それなら、良いけど」
砂時計の中身が落ちきったのを確認して、充分に色付いたお茶をティーカップに満たす彼の顔は俯いていてよく見えない。これでも以前よりは短くしたようだ。とはいえ、後髪は腰に触れるほどの長さを残したままなのだが。髪といえば――向かい側に座る憲法のそれは金色の長い癖っ毛。白い布に覆われてよく見えないが、否、もしかするとその特徴的な髪を隠すために被っているのかもしれない。
「はい、どうぞ」
熱い湯の中で抽出された、ふわりと広がる紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。憲法は思わず顔を綻ばせた。
火傷しないようにそっと口をつける。
「……美味しい」
「良かった」
「……紅茶なんて、飲む機会そうそうないから」
「そうでしょうね」
「だから、味の良し悪しも、よく分からないけれど……刑訴。お茶淹れるの、上手?」
いつもの無表情な顔を少しだけ緩めていた刑訴は、次の言葉に目を丸くしてぴたりと動きを止めた。
「……どうした?」
そのきょとんとした姿は冷静な彼にしては酷く珍しくて、憲法まで呆気に取られそうになっている。
「いえ、その……誰かにそんなこと言ってもらったの、多分初めてで」
一拍間をおいて、憲法は納得したように手を打った。
「Ah, I understand. ……刑法、紅茶飲まないから」
「いつも自分の為に淹れるだけですから、反応があること自体新鮮というか。きっと茶葉が良かったんでしょう」
そこで憲法は何かを思い出したようにあ、と声を上げた。席を立つと袋戸棚を開けて何かをごそごそし始めた。
「……年始に戴いたお菓子なのだけど。良かったら」
憲法が持ってきたのは見覚えのある和菓子の箱だ。
蓋を開けると、手を汚さずに食せる小さなタイプのそれが沢山並んでいる。
「羊羹ですか」
「……くださった方がちょうど話していたのを思い出して。羊羹は意外と紅茶にも合う、と」
そのままで悪いけどと言いながら憲法は小さな一切れを彼に渡した。
「いただきます。……あぁ、本当によく合いますね。美味しい羊羹だ」
今度自分でも試してみようと呟く彼に、憲法は目を細めている。
「……紅茶も美味しいから、更にそう」
「それは、どうも」
ひとしきり茶と茶菓子を堪能した後で、唐突に憲法は切り出した。
「……ねえ、刑訴。……髪、触ってもいい? 少しだけ」
「髪を……? まぁ、別に構いませんが……」
憲法は刑訴の後ろに回ると、彼の緩やかに流れるそれを何か大切なもののように、愛おしむように触れた。自分の血を分けた部下が、当時は自分と同じように「押し付け」だと評されたこともあった彼が、今ではそのようなこともなく暮らしに馴染めているのを思いながら。
「……I envy you.」
思わず、そんな言葉が零れてしまった。
背後からぽつりと聞こえたそれに刑訴がゆっくりと振り返る。
「一体、どこが」
努めて感情を表に出さないようにした、そんな声だ。憲法は名残惜しそうに髪を見つめたままそっと手を離した。
「……綺麗な、黒い色。私はほら、こういう色だから……あれこれ言っても、仕方がないけれど」
一瞬、刑訴の瞳が揺れたことに相手は気付かない。
「…………そう、ですね。えぇ、貴方からすれば、その気持ちは道理です」
いつになく早口だったのは、落ち着きのある声が昂ってしまったのを隠すためか。不思議に思った憲法が顔を上げた時には、もう顔には何も浮かんでいなかった。
「刑訴?」
「……少し、昔のことを考えてしまいました。それだけです」
何やら思い当たることがあったらしい憲法は、しかしそれを口に出すか迷っていた。言わない方がいい。そんな気がして。
「――我ながら酷い連想だ」
「……?」
「あぁ、違うんです。忘れてください」
「……うん、忘れる」
独り言としか思えないような小さな声で、ごめんなさい、そう謝罪の言葉が聞こえた気がした。
「……すっかり長居してしまいました。御馳走様です。良い紅茶のお供が知れてよかった」
今の流れを打ち消すように、すっかり彼はいつもの調子になっている。そろそろ自分の部屋に戻るつもりのようだ。
「……こちらこそ有難う。……良かったら、また遊びに来て。刑訴の紅茶、飲みたい」
「えぇ、勿論。僕で良ければ、いつでも」
部屋の外に出て憲法は小さく手を振る。遠ざかっていく背中を見送りながら、比較的親しい彼が普段見せない一面を見てしまったことが、どうしようもなく心に引っかかるのを感じていた。
了
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