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ただそれだけでよかった

更新日:2018年9月18日

法プラ刑訴と警察法の不思議なある一日のお話。

珍しく仄暗くない話を書いたと思ったらまさかの幼児化ネタ

 

『もしもし、犯捜規か』

「刑法さん? 珍しいですねこんな朝から。どうしたんです?」

『突然で悪いが落ち着いて聞いて欲しい。……弟が子供になった』



朝起きたら小さくなっていたのだという。原因は不明。見たところ四、五歳児くらいだろうか。しかしそれは外見だけで、喋り方には年齢相応のあどけなさが多少あるものの思考能力や記憶はそのまま持っているようだ。

異変に気付いた刑法さんがこちらに連絡してきてくれた。取り敢えず家で一日様子を見るように説得したが職場に来ると言って聞かなかったそうだ。そうして連れられたはいいものの、今の体では碌に何もできないことを思い知った彼は私の部屋の隅で大人しくしている。職場では犯罪捜査規範と組んでいることが多いのだが、ちょうど捜査で出払っていてなりゆきで私が預かることになっていた。

区切りの良いところまで書類に目を通し終えて軽く伸びをする。ふと刑訴さんの方を見遣るとちょうど目が合った。いつもの彼だと分かってはいても、小さな子供への接し方を心得ていない私は話しかけるのを躊躇ってしまう。そうこうしていると彼は彼で気まずいのかそのまま目を逸らして俯いた。

しばらく沈黙を続けた後、ようやく私は切り出した。

「……御自宅、戻りませんか」

「……」

無表情を貫こうとして僅かに肩が揺れたのが分かった。もしかすると、幼くなったのは文字通り身体的な要素だけではないのかもしれない。

「……いえ、邪魔だから帰って欲しいとか、そういうことではなくて……刑訴さん?」

失礼なことを言ってしまったかと弁解していると、いつの間にか彼の目から涙が零れ落ちていた。

「え?」

上ずった声で名前を呼ばれて、何故そうされたのか分からないといった様子で一瞬きょとんとした刑訴さんは、すぐに事態を把握したらしく顔を紅潮させながら部屋を飛び出した。



――彼の泣き顔を見ることなど一生無いと思っていた。思考そのものは小さくなる前のままでも、感情を抑え込む心の箍のようなものは脆くなっている。私はそう確信を強めた。

「……すみません、そういうつもりでは無かったのですが」

何とか彼を部屋に連れ戻して一息。

あれだけ精神的にも強い刑訴さんのことだから、泣いているところを見られたくなかったのだろう。さぞ動揺したに違いない。

「ちがう、警察法のせいじゃない」

彼は緩く首を振って答えた。

「僕にもよくわからない……まさか人前でなくなんて」

すっかり落ち着いた声が、泣き腫らした目をした子供の顔にそぐわない。しかしそれが何よりも彼が調子を取り戻したことを私に教えてくれる。

「あれが刑訴さんの意図したことではないというのは、普段の貴方を知っている者ならば誰でも分かります」

「単にこどもになっただけじゃない……自分のからだなのに自分のものじゃないような、へんな感じがする。制御がきかないといえばいいのか」

「……」

今までのことと彼の話を重ねていると、私はある一つのことに思い至った。根拠のない自信。何より打開策が一つもないこの状況下では試してみないことには何も始まらない。

私は刑訴さんの前で膝をつくと――小さい子と話すときはこうして視線を合わせると良いと警職法が言っていたのを今になって思い出した――、いつもより丁寧に話し掛けた。

「……刑訴さん。唐突に妙なことを申し上げますが……会いたい、いえ、一緒に居たい方がいるのではありませんか?」

「――えっ」

彼の茶色の瞳が大きく揺れたのを私は見逃さなかった。

「……やはり帰りましょう。私が送っていきます」

「待って何考えてるの、仕事は」

明らかに狼狽した彼は私の前に立ちながらも視線をさまよわせている。

「……後でどうにでもなります。今は、私に付き合って頂けませんか」

少し間をあけて、やがて刑訴さんは観念したように息をついた。

「……警察法がそこまで言うなら」

「……ありがとうございます」

承諾してくれたことにほっとして、私は立ち上がると感謝の意を込めて一礼した。



庁舎を出ると、刑訴さんには先に車の中で待っていてもらい、その間に刑法さんに連絡をいれ、先程起きたことを含め刑訴さんを送る旨を簡単に伝える。余計な手間をかけさせて悪いなと謝られてしまったので、彼が精神的に消耗しているようだから帰した方が良いと自分が勝手に判断しただけだということを慌てて一言添えた。

用が済んだので、私も車に乗り込んでエンジンを回す。勢いで強引に連れ出したからには色々問い詰められるかと思ったのだが、移動する間も彼は意外にも進んで口を開こうとはしなかった。まるでこれ以上ボロを出すまいと気を張る子供のようで、どこかいじらしささえ感じてしまう自分に自分で内心呆れる。

「……」

ルームミラーで後部座席に座る彼の様子をちらりと見ながら、もう彼には私の考えていることが分かっているのだろうと思った。でも刑訴さんはそれを言わないし私も確認しない。彼が心の底で何を感じていたのか、私の考えたこれは正しいのか、直接問うたところで教えてはくれないだろう。

(……本当は、始めからこうしたかったのではないですか。刑訴さん)

感情の箍が緩んでも尚、頑なに拒絶しようとする――強くて、でもその何倍も不器用な彼のことだから。



「あっ警察法さん、昨日のことでさっき刑法さんから電話がありましてね、あの後一人にしておくのも良くないかなあと思って何となくリビングで二人でだらだらしてたらいつの間にか刑訴さんソファの上で寝ちゃってたらしくて。そのあと夕方になって起きたときにはもうすっかり元通りだったそうですよ。良かったですよねーほんともしあのまま何日も戻らなかったらどうしようかと……あ、ちなみに刑訴さんは昨日のこと全く覚えていないって言ってるって……警察法さん?どうしたんですか、いつになくそんな穏やかな顔して……いや別におかしいとかじゃないですけど、何だか珍しいなあって」




 

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