法ロジの旧刑法と治罪法でポッキーネタ。二人が思いっきりできています。
「あいつ遅いな」
秋もいよいよ深まり、冬の寒さを感じる日も増えてきたこの頃。居間の炬燵を囲んだ兄弟が末っ子の帰りを待っていた。
「そろそろ戻ってくる頃合のはずだけど」
「また新しい憲法様のところで怒られるようなことしてるのかな……」
兄達が噂をしていると、外から玄関の戸を叩く音が聞こえてきた。
「誰だろう」
オレでてくる、と大訴が立ち上がる。
戸を開けると金髪の男性が立っていた。
「こんにちは。相棒は元気にしているかな」
「ああ、あなたでしたか。こんにちは」
大訴の現役時代には直接面識がなかった、今の刑法が生まれて役目を終えた旧刑法だ。普段は薔薇を手にしているのだが、今日は代わりにコンビニにでも寄ってきたような袋を提げていた。相変わらず、常にラフな調子の人だと大訴は思う。
「兄なら居ますけど上がりますか」
「うん、じゃあ失礼させてもらうよ」
靴を脱いで上がっている間に大訴は治罪法を呼びに行った。
「兄さん、旧刑法さんが来てるよ」
「刑法が?」
ひょっこり居間から顔を見せた治罪法に、名を呼ばれた彼の相方はひらひらと手を振る。
「やあ治罪法。今君の部屋にお邪魔しても大丈夫かい」
「それは構わないが」
「何かお話でも?」
「うん? いや、ポッキーゲームなるものの存在を知ってね、やってみたいと思ったんだ」
「ぽっきーげーむ……?」
首を傾げる弟二人をよそに、刑法はそそくさと治罪法を連れて部屋に行ってしまった。
「何だか嫌な予感がする……」
「奇遇だね、僕もだよ」
二人が戻ってくるまでそっとしておこうと、二人は視線だけでやり取りをした。
「――それで、ポッキーを口から離してしまった方が負け、と。どう?やってみない?」
一番奥にある治罪法の部屋で、旧刑法は簡単にゲームの説明をしながら袋からお菓子の箱を取り出した。しかしそれはよく見る縦長のものではなく、より短い代わりにチョコレートがたっぷりかかっているタイプのものだった。相手が黙ったまま頷くのを見ると、彼は嬉しそうに中袋を開ける。
「こういうのしか売ってなかったんだけど、まあ大丈夫だよね」
「負けた方には何か罰ゲームとかあるのか」
「あー、考えてなかった。……相手の言うことを何でもひとつ聞くとかどう? ベタだけど」
「成程」
治罪法はポッキーを手に取ってしげしげと眺めたあと、特に躊躇うこともせずそのまま先を咥えた。
「じゃ、端っこ頂戴」
「ん」
治罪法が手に持っていた方を旧刑法が咥える。短めなこともあって思っていたよりもかなり距離が近く、治罪法の眼前には彼の煌めく髪と明るい瞳があった。このまま覗きこんでいると自分の顔が映るのではないかと思えるほどだ。
同じ生まれでありながら髪も目も色の違う自分の刑法を、何とも形容しがたい不思議な感情をもって治罪法は見ていた。日本の法律なのだから日本に馴染むように、あのとき父は色々と腐心していた。それは理解していても、自分とあまりに外見の違う刑法を――或いは、あまりに外見が違いながらも彼の手続法として作られた自分を――当時幼心にも奇妙に思っていた節は多かれ少なかれあったはずだ。とはいえ、法律としての自らの仕事を終えて当時の情勢や人々の思惑と切り離された場所にいる今、何か思うことがあるとすれば、単純に自分にないものを持つ相手のそれに焦がれることくらいだろう。
食べ進めると落としてしまいそうで動けずに体ごと固まっていると、やがて噛んですらいないのに口の中でチョコレートの甘い香りが僅かに広がり始める。その一方で相手は器用に口を動かしチョコのかかっていない部分は食べてしまったようだ。治罪法もようやく先のひとかけらを飲み込む。
自身が生まれたときからの相方――恋人でもある彼とキスをしたことはあってもこういった体験は初めてで、考案者はよく思いついたものだと治罪法は他人事のように思う。
ほとんど旧刑法が食べ進めることでじりじりと距離が縮められ、額が触れ合うほどの近さになって彼は身を乗り出した。
「…けいほぅ、まっ……て」
うまく発音できずに吐き出された息とほとんど変わりのない声は、この状況で気持ちを昂らせるには充分だった。旧刑法は目を細めて人差し指を顔の前で立てる。重心が後ろに傾きバランスをとろうと出した手をすかさず取って、そのまま押し倒すような形で二人は畳に崩れ落ちた。藺草の匂いが鼻を掠める。夏のある日もここに遊びに来て同じ匂いを嗅いだ記憶が彼の頭の中をよぎった。
倒れた衝撃がそうしたのか、気付いたときには相手の体温が唇から伝わっていた。二人の間に隔てるようにあったものはいつの間にかなくなっている。
「んっ……ふぁ」
自然と口の中でお互いの舌が絡み合い、唾液もチョコレートも混ざり合い、一つのお菓子をこうして共有した事実に思わず目眩がした。
熱に浮かされるままに、感情の欲するままに二人は満たされるまでお互いの唇を貪り続ける。
「っは」
息苦しくなって旧刑法が一旦口を離すと、繋がったままの手が縋るようにぎゅっと握られた。
「……もしここが僕の部屋なら、このまま真っ直ぐベッドへ連れていけたのに」
耳元で囁く声が更に相手を掻き回して酔わせていく。微かに漏れる息と、いつもの静かな瞳が蕩けているのを見れば分かるのだろう、彼は満足そうに笑みを浮かべて愛おしそうに名前を呼んだ。
「ね、治罪法」
そうして旧刑法が体を起こしたところで、突然、襖を開く音とほぼ同時に降ってきた声が、水を撒いたように高揚した部屋の空気を一気に冷やした。
「兄さーん!ポッキーゲームって何――」
「……」
「……」
寧ろ凍りつかせたと呼ぶ方が適切だったかもしれない。いつの間にか帰ってきていたらしい刑訴は二人の様子を察するや否や見てはいけないものを見てしまった表情になり、横たわった治罪法はそのまま明後日の方向をむいて腕で顔を隠し、唯一素直に声のした方を振り返った旧刑法は更に不自然な沈黙のあと気の抜けたような声を出した。
「……おや」
「ごめんなさああぁぁぁーーい!!!!」
それと同時に刑訴が叫び声をあげて駆け出していくのを、彼は呆然と見送るより他になかった。
**
「……兄さんは?」
「もう少し一人でいたいって」
暫くして、居間に戻ってきた旧刑法は明訴に答えながら炬燵に二人しかいないのに気付いて辺りを見回す。刑訴は隅で膝を抱えて座っていた。
「おやおや」
「こっちは兎も角、兄さんが落ち込んでいるっぽいのは初めて見たかも」
「でなければあいつに気を遣っているとか?」
「僕は知っていたし、大訴もそれとなく勘づいていたからこっそり教えたりしたけど、刑訴は本当に知らなかった訳だから……あんな反応しちゃ余計かもね。お互いに」
「そうか、気付いてなかったんだね。彼」
「……一応、大訴と僕は行かない方がいいと思うって言ったんだけど」
「別に今更隠すこともないけどね。まあでも確かに、刑訴君にはちょっと刺激が強かったかな?」
そんなことをくすくすと笑いさえしそうな調子で言う。彼のマイペースさは大訴もそれなりに知っているつもりだったが、想定を上回りつつあった。同じマイペースでも治罪法のそれとはまた若干違ったベクトルを感じる。
「……君達のお兄さんを丸投げするようで悪いけど、僕だけここにいてもみんな気まずいし、そろそろ帰るね」
そう言って外へ向かう旧刑法を、明訴は立ち上がって玄関先まで見送る。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
「後ででいいからさ、彼が落ち着いたら『ごちそうさまでした』って伝えておいてくれないかい」
「え、あ……うん」
相手が言葉を失いかけたのも気に留めず、彼はそのまま別れを告げて帰路に就く。
一般に恋仲と呼ばれるような関係にあると認識はしていても、二人の間柄を推し測るのは到底不可能だと、ポッキーゲームとかいう今回の全ての始まりに思いを巡らせながら明訴はぼんやり立ち尽くしていた。
了
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