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瓶詰めの金平糖

更新日:2018年9月18日

バレンタインのワンシーン詰合せ。腐向けだったり腐向けじゃなかったりどさくさに紛れて誕生日を祝っていたり色々してます。


内訳:日憲と刑訴(法プラ)→裁判所構成法と大審院(クロスオーバー)→刑法と治罪法(法ロジ)→改定律例と新律綱領(法ロジ)

 

「……今日、休みだって聞いたから。お前に」

憲法はそう言ってたっぷり中身の入った洒落たカップを差し出した。

「Hot chocolate. いつも、おつかれさま」

言われるがままに受け取り、ややあってありがとうと言った刑訴は少々面食らったようだ。

「…いただきます」

そっと口をつけると甘い香りが鼻腔をくすぐった。特に甘党というわけでもないが、体がぽかぽかと温まる。

「憲法が作ったの?」

「そう。教えてもらって」

彼は一瞬誰に教えてもらったのかと訊こうとして、やめた。そうしなくとも大体の予想はつく。

何しろ今日はバレンタインデーだ。彼が知らないだけでみんなに振舞っているのか、それともわざわざ彼の為に作ったのか。些細なことといえば些細なことだが、相手に直接訊いてみるという選択肢は刑訴にはなかった。

「……甘すぎる?」

「いや、美味しいよ。ありがとう」

にっこりと笑ってみせた。

「……良かった。私も、味はみたのだけれど」

相手も顔を綻ばせる。ちくり、胸の奥に感じた痛みをそっとなぞる。嘘はついていないのに、なぜ。

(……罪悪感?)

今更自分の心にそんなものが残っていたのかとせせら笑うのを遮るように、突然、携帯のバイブレーションが鳴った。

「ごめん、僕の携帯だ」

「どうぞ。出ていいよ」

「じゃあ失礼して」

逃げるように、足早に刑訴は部屋を出た。廊下で端末を取り出して軽く呼吸を整える。画面には音を鳴らし続けている部下の名前が表示されていた。

電話に出ると、向こうから――恐らくは職場から――忙しない声が飛び込んできた。

「……うん、分かった。今そっち行くから」

やはり何か厄介なことがあったらしい。そんなことだろうとは思ってはいたが、突然呼び出されたことに刑訴は呆れとも安堵ともつかない息を漏らす。いや、折角の貴重な休日に出勤することになって嬉しくないはずはないのだけれど。

「悪いけど、急用ができたからもう行くね。今日はご馳走様でした」

「…仕事?」

「まあ、そんなところかな」

「……無理しないで」

刑訴はその言葉に、そうだね、と曖昧な返事でお茶を濁した。自分を心配していないとは言わないが、それよりもこの上司が案じているのはきっと――。そう思ってしまう自分が彼は逆に腹立たしかった。


//


出し抜けに袋を渡されて、私はすぐに返事ができなかった。

「誕生日おめでとう」

大審院の部屋で仕事の打ち合わせが終わって、徐ろに彼は告げた。いつの間にか小さな紙袋を手にしている。

「……ええと、私に?」

「勿論」

「いいのですか、戴いてしまって」

そうでなくても明日――二月十一日は“我々”にとって大切な日だ。それが関係しているかは定かではないが、自分の場合は寧ろ施行された十一月に祝われるのが殆どで、余計に虚を突かれた感があった。

「適当な店で買ってきただけだ。別にそう恐縮されるようなものではない」

「わざわざ申し訳ない。有難うございます」

可愛らしいリボンが結んである他はシンプルな包装を開けると、パンを薄く切ったような菓子が入っていた。

「ラスクというらしい。……実を言うと私も食べたことがなくてな。店の人に勧められた。味は保証すると」

「では、折角だし、私の部屋でお茶にしませんか」

「ふむ、最近は此処に篭りきりだった故よい気分転換になるな。邪魔しようか」

部屋を出るところで丁度見知った女性、裁判事務心得とすれ違う。

「あら、お二人でお出かけですか?」

「うむ、少々部屋を空ける」

「貴女もご一緒にお茶は如何でしょう。彼から美味しそうな御菓子を戴きまして」

「そういえば――」

近々バレンタインデーというのがあるらしいですね、と彼女は言う。

「西洋から入ってきた風習で、何でも、好きな人に贈り物をする日だとか」

「……へえ、そんなものが。大審院は知っていたか?」

少々声が上擦りそうになるのを堪えながら振り返ると、当の彼はしまったとばかりに頭に手を当てていた。てっきり否定されるものとばかり思っていたのだが。

「むう、全く貴法は余計な事を……」

「でもほら、お世話になった人に渡す方もいるみたいですから」

彼女はくすくすと笑っていた。

「はいはい、そういうことだそうだ。ゆくぞ構成法」

「? ああ、分かったよ、……?」

強引に背中を押されながら部屋を出る。

「……大審院、あの」

「聞くな」

「……はい」

やめておこう。これ以上珍しく彼が動揺を抑えこむ様子を見ていたら、私まで平常心を保てなくなりそうだ。


//


治罪法がうちに遊びに来たのでコーヒーを淹れていると、不意にごそごそと何かを取り出し始めた。

「チョコケーキ、作ってみた。少しだけど」

「すごいね、ケーキとか作れるんだっけ」

どちらかというと彼は和食のレシピを教わっていたように記憶していたので試しに訊いてみると、決まり悪げに頷くのが目に入った。

「いつもはやらないけど……一応、その気になれば。きっと刑法が作るほど上手くはないけど」

そうは言ってもとても美味しそうだ。僕は彼にコーヒーの入ったカップを渡しながら箱を覗き込む。

中には丸くて小振りなものが一つ、丁寧にラッピングしてあった。治罪法は何も言っていないが、見たところでは多分 fondant au chocolat だろう。

皿に移しながら、気になったことを聞いてみる。

「もしかしてこれ、僕の分だけ?」

「そう。あげるつもりで、その分しか持ってこなかった」

「自分だけ食べるのもなあ、何か君にも……あ、いいこと思いついた」

僕は貰ったケーキを早速食べると、そのまま治罪法の口を塞いだ。

「んんっ……ぁ……」

突然のことに訳も分からず惚けているのもお構いなしに唇を貪り続けると、次第に彼も舌を出してくるようになった。チョコを絡め合いながら、しかし味わうよりも先に快楽が体に回っているようだ。体の力が抜けて椅子から落ちそうになるのを何とか抑える。

「っ…んはぁ、」

唇を離すと、漏れ出たチョコレートと同じくらい甘い息が耳の奥をくすぐった。

「聞くの忘れちゃったけど、あれ、バレンタインデーのケーキだったんでしょ? 」

まるで事後承諾だ。でも、仮に彼がそれを想定していなかったとして、僕らにとって大して違いはなかった。

「もうおしまい?」

「君が少ししか持ってこなかったんじゃないか」

こてんと首を傾げる仕草も、蕩けた声でせがむのも。彼の全てが愛おしくて、僕は悪戯っぽく笑う。

「欲しいのかい。なら、上手におねだりしてごらん。いい子だから、ね」

揺れる黒の瞳が僕の姿を捉えた。

「もっと。ちょうだい」

よくできました、と頭を撫でる。ふふ、しょうがないなあ。続きはあっちの部屋に行ってからにしようか。


//


「兄者ー!外を歩いていたら面白いものが売っていたんだ!」

「面白いもの?」

部屋に駆け込んできた弟が手にしていたのは銀紙に包まれた、濃い茶色の板状のものだった。

「ちょこれーとって言うらしい。甘くて美味いんだと」

「ほう。……ああ、これがチョコレートか」

「知ってるのか?」

「本で読んだことがある。異国では、好きな人にこれを贈るとか」

「好きな人? じゃあこれは俺が兄者にあげるのにぴったりということか」

「私に? いや、好きというのはそういうことではなくてだな」

「? だって、好きな人に贈るんだろう? 俺は兄者が好きだ」

純粋に目を輝かせたり、きょとんとしたりするのを見ていたら、真面目に違いを説く気が失せてしまった。

「ああわかった。わかったから、じゃあこれは半分こな」

「やった!ありがとう!」

チョコレートを丁度半分に割って弟に渡す。彼の嬉しそうな様子を見ながら、兄弟ではなく恋人に対する“好き”について、後で懇々と言って聞かせねばならないと心に決めた。初めて食したチョコレートの味は、後に食べるどんなそれよりも格別に甘かった。


 

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