※裁判所法兄妹(+大審院)の何か
いつもの法ロジ+法プラクロスオーバーです
そこは文字通り夢のような場所だった。
辺りに立ち並ぶ桜並木。花々が空を埋め尽くし、明るい陽射しが降り注いでいる。
ふと気配を感じて振り返ると、見たことのない人が立っていた。長く伸ばした黒髪と法服が風に揺れている。
(法服――裁判官?)
「どなたですの?」
「流石に覚えていないか。致し方あるまいな」
花びらが降り積もった柔らかい地面を歩いてやってくる。性別は遠くからの見かけでははっきりしないが、声から男性だと判る。一挙手一投足に自然と目がいってしまうほどには綺麗な人だ、と直感的に思った。
やがて顔立ちがはっきりと分かるほど近くに来た。深い紅の瞳だ。
「姿を見る事ができて良かった。元気そうで何より」
私が?彼は私に会いに来たのだろうか。
事態を飲み込めずに首を傾げていると、彼は腰を屈めて視線を合わせてきた。お兄様程ではないがこの方も相応に背が高い。
「あの、お名前は? もしかして、お兄様のお知り合い?」
法服の肩から胸のあたりに紫の刺繍があることに気付く。とすれば、確か戦前用いられていた裁判官の法服と同じはずだ。
「そうだな。察しの通り貴法の兄君はよく知っているだろう」
そうは言っても名前を教えるつもりはないらしい。こちらが頬を膨らませるのも構わずに相手は話を続けている。
「しかし大きくなったな」
「大きく……?」
お兄様に比べてずっと背の小さい自分がコンプレックスのようになっていた私は、意味合いが違うと分かっていても思わず聞き返してしまった。
「私が最後に会ったときはまだ幼子のようだった。…どうした?」
思ったことを素直に伝えると彼は笑った。
「いやまあ、あれは兄君が大きすぎるのだろう。彼と比べたら皆が小さくなってしまうよ」
不意に強い風が吹き付け視界が遮られる。
お互いの長い髪が桜吹雪と共に舞い上がり、相手を見失いそうになる。
無意識に手を伸ばすと、振り返って何かを言っている彼の姿が辛うじて見えた。
『 』
やがて突風は嘘のようにやみ、あたりは不気味なほど静まり返る。
辺りを見回すと、彼の姿はもうない。
最後に相手が口にした言葉は、風の音にかき消されてよく聞こえなかった。
*
「――それで、気が付いたらベッドの上で目を覚ましていて」
「夢だった訳か」
あまりに非現実的だが、自分の経験を一言でまとめるとそういうことになる。
私は図書館でお兄様をお迎えすると、真っ先に今日見た夢の話をしていた。
髪を緩くひとつに結んでいて、赤い目をしたあの方。ただの夢の割に相手がどんな姿だったか鮮明に記憶に残っていること、同じように夢の中にいるのに、私と違って彼はそこが夢だということを知っている様子だったことが不思議さに拍車をかけていた。
「お兄様はその方に覚えはありますの?」
「ああ、大審院じゃないか」
私が問い掛けると彼は案の定、間をおかずに即答した。
裁判所構成法が現役だった頃、今の最高裁に相当した機関。なるほど、夢の中で彼が言った通りだった。
「お前が生まれるのに彼も関わっていたからな。小さい頃何度も会っていたはずだけど……覚えていなくても無理はないか」
「夢の中のその人も同じことを言っていましたわ」
「そうか。彼なりにお前の誕生日を祝ってくれたのかもしれない」
それを聞いて私ははっとする。
――あのとき聞き取れなかった言葉は、「おめでとう」というお祝いの言葉ではなかったか。
「彼にとって、裁判所法は大きな意味のある存在だから」
どこか懐かしそうな目でそう話すお兄様を見て、私は胸の奥がくすぐったくなった。
了
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