月明かりが綺麗な夜だった。
物音で目を覚ました私は、すぐ隣で寝ているはずの父の姿が無いことに気付く。厠にでも起きているのだろうと初めは思ったが、それにしては戻ってくるのが遅い。何やら言いようのない不安が心にじんわり貼りついて離れないまま、寝返りを二度三度と繰り返した。
とうとう痺れを切らして寝床から抜け出す。部屋の戸を開けると、開け放した玄関の向こうに、ちょうど羽織を着た父が立っているのが見えた。
「おや」
外から月の光が差し込んできて、こちらを振り返った顔はあまりよく見えない。
父の姿はこんなにも頼りなく見えるものだっただろうか――このまま月夜に溶けていなくなってしまうのでは、などというおかしな妄想が脳裏によぎった。
「どうした、立。寝付けないのか」
「いえ、その……父上のお姿が見えなかったので」
自分も庭へと歩きながら、恐る恐る、何をなさっているのですかと尋ねた。
「何、夜風にあたっているだけだ」
昼に付き合いで飲んだ酒がまだ抜けきっていないらしい、と父は曖昧な笑みを浮かべて答えた。私の一番苦手な笑い方だった。苦手というのは語弊があるかもしれない。しかしそれを見ると私は決まって、父の息子にすら打ち明けられない(否、息子だからこそ?)何かを感じて、居ても立ってもいられない気持ちになる。居ても立ってもいられなくなるのに、何もできない自分が何より嫌だった。
立派な父に弁で勝ることなど到底できるはずもない。そう分かっていても、このまま引き下がることは直感が許さなかった。
「父上、何か……その、」
さりとて何をどう尋ねれば良いのか。父が一人で悩んでいるように見えるのはあくまで自分の勘に過ぎないのだから、それを前提にしたような訊き方をするのは躊躇われる。
言葉を探していると、父は不意にしゃがみ込んで私を抱き寄せた。寝床から出たばかりの自分と違って、寝間着越しにも父の体が冷えているのが分かる。何か言葉を発しようとしては諦めるような息遣いを繰り返してから、ややあってぽつりと呟くような声が耳元に落ちた。
「……さあ、いい子だから早く寝なさい」
懇願するようにも聞こえる、有無を言わさぬ声色に、私は肯くことしかできず。
「父上もどうか、早くお休みになってください。お体に差し障りがあってはいけませんから」
そう伝えるのが精一杯だった。
了
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